食品を扱う事業者にとって、消費者の安全を守ることは最も大切なことです。近年、食品の安全性を確保するための国際的な衛生管理手法として「HACCP(ハサップ)」の導入が義務化されました。しかし、「HACCPとは具体的に何?」「何から始めればいいの?」と疑問に感じている方もいるのではないでしょうか。
本記事では、HACCPの基本的な考え方から、なぜ義務化されたのか、そのメリットや具体的な進め方までを簡潔に解説します。HACCPへの理解を深め、日々の衛生管理に役立てるための参考にしてください。
HACCPとは?食品安全を守る衛生管理の考え方

HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)は、「危害要因分析重要管理点」と訳される食品衛生管理の手法です。これは、食品の安全性を確保するために、原材料の入荷から製品の出荷に至るまでの全ての工程において、食中毒菌汚染や異物混入などの危害要因(ハザード)を事前に予測・分析し、それらの危害要因を除去または低減させるために特に重要な工程を継続的に管理する方法を指します。
従来の衛生管理が最終製品の抜き取り検査に重点を置いていたのに対し、HACCPは製造工程全体を「見える化」し、問題が発生する可能性のあるポイントを事前に特定して対策を講じることで、食品事故を未然に防ぐことを目指します。
HACCPの基本的な考え方
HACCPの考え方は、大きく分けて「HA(危害要因分析)」と「CCP(重要管理点)」の二つの要素から成り立っています。
- HA(危害要因分析):食品の製造工程において、どのような生物的、化学的、物理的な危害要因が存在し、それが健康にどのような悪影響を与える可能性があるかを科学的な根拠に基づいて分析します。
- CCP(重要管理点):危害要因分析の結果、その危害要因を確実に除去または許容できるレベルまで低減するために、特に厳重な管理が必要となる工程を特定します。このCCPに対して、具体的な管理基準を設定し、継続的に監視・記録することで、食品の安全性を確保します。
この手法は、もともとアメリカのNASAで宇宙食の安全性を確保するために開発されたもので、現在では国際的な食品衛生管理の標準として世界中で採用されています。
HACCPが求められる背景と義務化の現状
日本においてHACCPが義務化された背景には、国内の食中毒発生状況の改善と、国際的な食品安全基準との整合化を図る目的があります。
2018年6月に食品衛生法が改正され、2020年6月1日からHACCPに沿った衛生管理の導入が義務化されました。そして、1年間の猶予期間を経て、2021年6月1日からは原則として全ての食品等事業者にHACCPの導入と運用が完全に義務付けられています。
この義務化により、食品の製造・加工・調理・販売などを行う全ての事業者が対象となり、大規模事業者だけでなく、個人経営の飲食店や小規模事業者もHACCPの考え方を取り入れた衛生管理を行う必要があります。
HACCPの7原則と12手順をわかりやすく解説

HACCPを効果的に導入し運用するためには、国際食品規格委員会(コーデックス委員会)が定めた「7原則12手順」に沿って進めることが大切です。
この12手順は、HACCP計画を立てるための準備段階の5手順と、HACCPの7原則を実践する7手順で構成されています。
7原則の概要
HACCPの7原則は、食品の安全性を確保するための具体的な管理方法を示しています。
- 原則1:危害要因分析の実施
原材料から最終製品までの全ての工程で、発生しうる生物的、化学的、物理的な危害要因を特定し、その重要性を評価します。 - 原則2:重要管理点(CCP)の決定
危害要因を除去または許容レベルまで低減するために、特に管理が必要な工程を重要管理点として決定します。 - 原則3:管理基準(CL)の設定
決定したCCPが適切に管理されていることを確認するための具体的な基準(温度、時間、pHなど)を設定します。 - 原則4:モニタリング方法の設定
CCPが管理基準を満たしているかを継続的に監視・測定する方法と頻度を定めます。 - 原則5:是正措置の設定
モニタリングの結果、管理基準から逸脱した場合に、問題のある製品の出荷を防ぎ、原因を排除するための具体的な改善策を定めます。 - 原則6:検証方法の設定
HACCPシステムが計画通りに機能し、食品の安全性が確保されているかを定期的に確認するための検証方法を定めます。 - 原則7:記録と保存方法の設定
HACCP計画の実施状況、モニタリング結果、是正措置、検証結果などを文書化し、適切に記録・保存する方法を定めます。
12手順の進め方
HACCPの7原則を適用する前に、以下の5つの準備手順を踏むことで、より効果的なHACCPシステムを構築できます。
- 手順1:HACCPチームの編成
HACCP計画の策定と運用を担う専門チームを編成します。製造現場、品質管理、製品開発など、各部門の知識を持つメンバーで構成することが大切です。 - 手順2:製品説明書の作成
対象となる製品の原材料、成分、製造方法、包装形態、保存方法、流通方法などを詳細に記述した製品説明書を作成します。 - 手順3:意図する用途と対象となる消費者の確認
製品がどのように使用されるか(加熱の有無など)や、対象となる消費者は誰か(乳幼児、高齢者など)を確認します。 - 手順4:製造工程一覧図の作成
原材料の受け入れから最終製品の出荷までの全ての製造工程をフロー図として作成し、視覚的に把握できるようにします。 - 手順5:製造工程一覧図の現場確認
作成した製造工程一覧図が実際の現場と一致しているかを確認し、必要に応じて修正します。
これらの準備手順を経て、原則1から7の手順へと進めていくことで、HACCPに基づいた衛生管理システムを確立できます。
HACCP導入のメリットと対象事業者

HACCPの導入は、単なる義務化への対応だけでなく、食品事業者にとって多くのメリットをもたらします。また、その対象となる事業者も幅広いため、自社が該当するかどうかを確認することが重要です。
HACCP導入で得られる具体的なメリット
HACCPを導入することで、以下のような具体的なメリットが期待できます。
- 食品の安全性の向上:危害要因を事前に分析し、重要な管理点で対策を講じるため、食中毒や異物混入などの食品事故を未然に防ぎ、より安全な食品を提供できるようになります。
- 従業員の衛生意識の向上:HACCPの導入プロセスを通じて、従業員一人ひとりが衛生管理の重要性を理解し、日々の業務における衛生意識が高まります。
- 品質の安定化と向上:製造工程全体で衛生管理の基準が明確化され、継続的に監視されるため、製品の品質が安定し、向上します。
- トラブル発生時の迅速な対応:問題が発生した場合でも、どの工程で何が起きたのかを記録から迅速に特定できるため、原因究明と改善措置を素早く行えます。
- 顧客からの信頼獲得と販路拡大:HACCPに基づいた衛生管理を行っていることは、消費者や取引先からの信頼を高め、国内外での販路拡大にもつながります。
- 作業効率の改善:製造工程の「見える化」により、無駄な工程の削減や作業手順の最適化が進み、結果として作業効率の向上につながることもあります。
HACCP導入が義務付けられる事業者とは
HACCPの導入は、原則として「全ての食品等事業者」に義務付けられています。
具体的には、食品の製造、加工、調理、販売、流通に携わる企業や個人事業主、飲食店、食品小売店、移動販売業者などが含まれます。また、学校給食施設や病院などの集団給食施設も対象です。
ただし、事業者の規模や業種によって、求められるHACCPの対応内容は二つに分けられます。
- HACCPに基づく衛生管理(旧基準A):大規模な食品製造業者やと畜場、食鳥処理場など、比較的規模の大きい事業者が対象です。コーデックス委員会が示した7原則12手順に沿った厳格な衛生管理が求められます。
- HACCPの考え方を取り入れた衛生管理(旧基準B):小規模な飲食店、菓子店、パン屋、スーパーマーケットの惣菜部門など、公衆衛生に与える影響が少ないと判断される事業者が対象です。各業界団体が作成した手引書を参考に、HACCPの考え方を取り入れた簡易的な衛生管理を行います。
公衆衛生に与える影響が少ない一部の業種(例えば、容器包装された食品の貯蔵・運搬・販売のみを行う事業者など)はHACCP導入の対象外となる場合もありますが、一般的な衛生管理は引き続き行う必要があります。
HACCP導入の具体的な進め方と注意点

HACCPの導入は、計画から実行、記録、見直しまでの一連の進め方が大切です。特に、日々の業務に落とし込み、継続的に運用していくための注意点を理解しておくことで、スムーズな導入につながります。
導入ステップの概要
HACCP導入の基本的な進め方は、前述の「7原則12手順」に沿って行われます。ここでは、その大まかな流れを再確認しましょう。
- 準備段階(手順1~5):HACCPチームの編成、製品説明書の作成、製品の用途と対象消費者の確認、製造工程一覧図の作成、そしてその現場確認を行います。この段階で、HACCPを導入するための土台をしっかりと築きます。
- 危害要因分析と重要管理点の決定(原則1~2、手順6~7):製造工程ごとに潜在的な危害要因を分析し、それらを除去または低減するために特に重要な工程(CCP)を特定します。
- 管理基準の設定とモニタリング(原則3~4、手順8~9):CCPごとに具体的な管理基準(温度、時間など)を設定し、その基準が守られているかを継続的に監視(モニタリング)する方法を定めます。
- 是正措置と検証(原則5~6、手順10~11):管理基準から逸脱した場合の改善措置をあらかじめ定め、HACCPシステムが適切に機能しているかを定期的に検証します。
- 記録と保存(原則7、手順12):HACCPの実施状況、モニタリング結果、是正措置、検証結果などを文書として記録し、適切に保存します。これは、HACCPが実施されている証拠となるだけでなく、問題発生時の原因究明にも役立ちます。
これらのステップを一つずつ丁寧に進めることで、自社の食品安全管理体制を強化できます。
一般衛生管理との関係性
HACCPは、従来の「一般衛生管理」を土台として成り立っています。一般衛生管理とは、全ての食品事業者が日常的に行うべき基本的な衛生管理のことで、施設の清掃・消毒、従業員の健康管理、手洗い、原材料の適切な取り扱いなどが含まれます。
HACCPを導入するにあたっては、まずこの一般衛生管理が適切に実施されていることが前提となります。一般衛生管理が不十分な状態では、HACCPシステムを構築しても効果が十分に発揮されません。
特に小規模事業者向けの「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」では、この一般衛生管理を徹底し、それに加えて加熱や冷却など、食中毒菌が増えやすい危険温度帯を避けるための「重要管理」の考え方を取り入れることが求められます。
日々の記録は、HACCPの運用において非常に重要です。記録は最低1年間、推奨としては3年間の保管が望ましいとされています。 記録を紙で管理する場合は、保管スペースの確保や検索性の問題が生じることがあるため、デジタル化も有効な方法です。
よくある質問

- HACCPとISO22000の違いは何ですか?
- 小規模事業者でもHACCPは必要ですか?
- HACCPの記録はどのくらいの期間保存する必要がありますか?
- HACCPを導入しないとどうなりますか?
- HACCPの認証は必須ですか?
HACCPとISO22000の違いは何ですか?
HACCPは食品の安全性を確保するための具体的な「手法」であり、製造工程における危害要因を分析し、重要管理点を設定して管理するものです。一方、ISO22000はHACCPの考え方を基礎としつつ、組織全体で食品安全を管理・改善し続けるための「マネジメントシステム」に関する国際規格です。ISO22000はHACCPよりも適用範囲が広く、食品安全方針の決定や組織体制の構築なども含みます。
HACCPは義務化されていますが、ISO22000の取得は義務ではありません。
小規模事業者でもHACCPは必要ですか?
はい、必要です。2021年6月1日からは、原則として全ての食品等事業者にHACCPに沿った衛生管理の導入が義務付けられています。小規模事業者には、大規模事業者とは異なり「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」という簡易版の対応が認められています。これは、各業界団体が作成した手引書を参考に、一般衛生管理を徹底し、メニューに応じた重要管理を行うものです。
HACCPの記録はどのくらいの期間保存する必要がありますか?
HACCPに基づく記録の保管期間について、明確な法定期間は定められていませんが、製造物責任への備えや行政・顧客からの監査対応、再発防止のデータ活用といった観点から、最低1年、推奨3年間の保管が望ましいとされています。食品の賞味期限や消費期限を考慮し、それよりも長い期間を設定することも一般的です。
HACCPを導入しないとどうなりますか?
HACCPを導入しないこと自体に直接的な罰則は定められていませんが、食品衛生法に違反し、適切な衛生管理が行われていないと判断された場合には、3年以下の懲役または300万円以下の罰金(法人の場合は1億円以下の罰金)が科される可能性があります。また、営業許可の取得や更新が難しくなったり、企業イメージの低下、取引先の減少といったデメリットも生じます。
HACCPの認証は必須ですか?
HACCPの導入は義務化されていますが、特定の「HACCP認証」の取得が必須というわけではありません。HACCPの義務化は、HACCPの考え方に基づいた衛生管理を自社で実施し、その記録を適切に管理することを求めています。ただし、HACCP認証を取得することで、対外的に食品安全への取り組みをアピールでき、顧客や取引先からの信頼を得やすくなるメリットがあります。
まとめ
- HACCPは食品の安全性を確保する衛生管理手法です。
- 「危害要因分析(HA)」と「重要管理点(CCP)」がHACCPの核となる考え方です。
- 2021年6月1日から全ての食品等事業者にHACCPの導入が義務化されました。
- HACCPは7原則と12手順に沿って進めることが大切です。
- 準備段階の5手順と、7原則を実践する7手順で構成されます。
- HACCP導入のメリットは食品安全向上、従業員の衛生意識向上、品質安定化などです。
- 大規模事業者と小規模事業者でHACCPの対応内容が異なります。
- 小規模事業者は「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」を行います。
- HACCPは一般衛生管理を土台として成り立っています。
- 記録はHACCP運用の重要な要素であり、最低1年、推奨3年の保管が望ましいです。
- HACCPを導入しないと、食品衛生法違反による罰則や事業上のデメリットがあります。
- HACCPとISO22000は異なる概念で、HACCPは手法、ISO22000はマネジメントシステムです。
- HACCP認証の取得は義務ではありませんが、信頼獲得につながります。
- 厚生労働省はHACCP導入を支援するための手引書やアプリを提供しています。
- HACCP導入は、企業の未来を守るための重要な取り組みです。
