古文を読んでいると、「さては」という言葉に出会うことがあります。現代語にも「さては」という表現はありますが、古語の「さては」は、現代語とは異なる多様な意味と使い方を持っています。この違いを理解することは、古典文学を深く味わう上で非常に重要です。
本記事では、古語の「さては」が持つ奥深い意味と、古典作品における具体的な用例を徹底的に解説します。現代語の「さては」との違いを明確にし、古文読解の助けとなるコツもご紹介しますので、ぜひ最後までお読みください。
古語「さては」とは?基本的な意味と現代語との違い

古語の「さては」は、現代語の「さては」とは異なり、文脈によって副詞、接続詞、感動詞の三つの品詞に分類され、それぞれが多様な意味合いを持ちます。この多義性が、古文読解の難しさでもあり、また面白さでもあります。
古語「さては」の多岐にわたる意味
古語の「さては」は、その使われ方によって大きく四つの意味に分けられます。それぞれの意味を理解することで、古典作品の情景や登場人物の心情がより鮮明に見えてくるでしょう。
副詞としての「さては」:その状態のままでは、それでは
副詞として使われる「さては」は、「その状態のままでは」や「それでは」といった意味を表します。これは、前の状況や条件を受けて、その結果として何かが起こる、あるいは起こらないことを示唆する際に用いられます。現状維持では望む結果が得られないというニュアンスを伝えることが多いでしょう。
例えば、『竹取物語』には「悪(あ)しくたばかりて取らせ給(たま)ふなり。さてはえ取らせ給はじ」という一節があります。これは「まずく工夫して取らせていらっしゃる。その状態のままでは、お取りになることはおできになるまい」と訳され、現在のやり方では成功しないことを示しています。
接続詞としての「さては」:そしてそのほかには、さらには
接続詞としての「さては」は、前の事柄に加えて、さらに別の事柄を付け加える際に使われます。「そしてそのほかには」「そしてまた」「さらには」といった意味合いで、並列や追加の関係を示します。話題を広げたり、情報を補足したりする役割を担うのが特徴です。
『源氏物語』の「清げなる大人二人ばかり、さては童(わらは)べぞ出(い)で入(い)り遊ぶ」という文では、「さっぱりした感じの年配の女房が二人ほど、そしてそのほかには子供たちが出入りして遊んでいる」という意味になります。
接続詞としての「さては」:それでは、それなら
もう一つの接続詞としての「さては」は、相手の発言や状況を受けて、そこから導かれる結論や判断を示す際に用いられます。「それでは」「それなら」といった意味で、論理的な帰結や推論を表すときに使われます。
『徒然草』には「さては、もののあはれは知り給(たま)はじ」という表現があります。これは「それでは、しみじみとした人情味はおわかりにならないだろう」と訳され、相手の状況からある結論を導き出していることがわかります。
感動詞としての「さては」:思い当たった時の驚きや気づき
感動詞としての「さては」は、事情や状況、あるいは相手の言動から、何かを察知したり、思い当たったりした時に発する言葉です。「そう言うところをみると」「そんなことをするところから思えば」「それでは」といった意味で、驚きや気づき、確信の感情を伴います。
現代語の「さては、お前が犯人だな!」というような、隠し事に気づいた時の表現に近いニュアンスです。例えば、『保元物語』には「さては遙かの弟ごさんなれ」という用例があり、「そう言うところをみると、遠い弟さんであるな」と、状況から相手の正体に気づいた様子を表しています。
現代語の「さては」との決定的な違い
現代語の「さては」は、主に「どうやら」「もしかして」といった推測や、隠された事実に気づいた時の驚きを表す感動詞的な用法が中心です。例えば、「さては、何か隠しているな?」のように使われます。
しかし、古語の「さては」は、前述の通り、副詞として「そのままで」という意味や、接続詞として「そしてそのほかには」という並列・追加の意味も持ち合わせています。現代語の「さては」が持つ意味は、古語の「さては」が持つ意味の一部に過ぎないと考えるのが適切でしょう。この多義性を理解することが、古文読解の第一歩となります。
古典文学で見る「さては」の用例と文脈

古語の「さては」は、様々な古典文学作品に登場し、それぞれの文脈で異なる表情を見せています。具体的な用例を通して、「さては」がどのように使われていたのかを見ていきましょう。これにより、言葉が持つ背景や当時の人々の感覚をより深く感じ取ることができます。
竹取物語に見る「さては」の用例
『竹取物語』では、「さては」が副詞として「その状態のままでは」という意味で使われています。かぐや姫を巡る求婚者たちの困難な状況を描写する場面で、その言葉は登場します。
「悪(あ)しくたばかりて取らせ給(たま)ふなり。さてはえ取らせ給はじ。」
この文は、「まずく工夫して取らせていらっしゃる。その状態のままでは、お取りになることはおできになるまい」と訳されます。求婚者たちが間違った方法で宝を得ようとしていることに対し、このままでは成功しないだろうという諦めや忠告のニュアンスが込められています。現状の方法では目的を達成できないという状況を端的に表す言葉として機能しています。
源氏物語に見る「さては」の用例
『源氏物語』では、「さては」が接続詞として「そしてそのほかには」という追加の意味で用いられています。光源氏が若紫と出会う場面で、その情景描写の中に現れます。
「清げなる大人二人ばかり、さては童(わらは)べぞ出(い)で入(い)り遊ぶ。」
この一文は、「さっぱりした感じの年配の女房が二人ほど、そしてそのほかには子供たちが出入りして遊んでいる」と訳されます。ここでは、女房たちの存在に加えて、さらに子供たちがいるという状況を付け加える役割を果たしています。場面の登場人物を列挙する際に、情報を補足する形で使われていることがわかります。
徒然草に見る「さては」の用例
『徒然草』では、「さては」が接続詞として「それでは」「それなら」という意味で使われています。兼好法師の思索や世の中への洞察が語られる中で、ある前提から結論を導き出す際に登場します。
「『御子(おこ)はおはすや』と問ひしに、『一人(ひとり)も持ち侍(はべ)らず』と答へしかば『さては、ものの哀(あは)れは知り給(たま)はじ』と言ひたりし。」
この文は、「『お子さんはいらっしゃいますか』と尋ねたところ、『一人も持っておりません』と答えたので、『それでは、しみじみとした人情味はおわかりにならないだろう』と言った」と訳されます。子供がいないという事実から、人情の機微を理解できないだろうという、兼好法師の独特な価値観に基づく判断が示されています。
枕草子に見る「さては」の用例
『枕草子』では、「さては」が接続詞として「それでは」「それなら」の意味で使われる例が見られます。清少納言の鋭い観察眼と機知に富んだ表現の中で、ある状況から結論を導き出す際に用いられています。
「『さらにまだ見ぬ骨のさまなりとなん人々申す〈略〉』と言たかくのたまへば、『さては、扇のにはあらで、海月(くらげ)のななり』」
この一節は、「『今まで見たことのない骨の様子だと人々が申します』と大声でおっしゃるので、『それでは、扇の骨ではなくて、くらげの骨のようですね』」と訳されます。ここでは、人々が語る骨の珍しさという情報から、清少納言が機転を利かせてその正体を推測する場面が描かれています。
その他の文学作品における「さては」
「さては」は、これらの代表的な作品以外にも、様々な古典文学に登場します。例えば、『保元物語』では感動詞として「さては遙かの弟ごさんなれ」と、状況から相手の正体に気づいた驚きを表す場面で使われています。このように、作品や文脈によって「さては」が持つ意味合いは微妙に変化するため、読解の際には前後の文脈を注意深く読み解くことが大切です。
古語「さて」と「さては」の違いを深掘り

「さて」と「さては」は、どちらも古文に頻繁に登場する言葉ですが、その意味やニュアンスには明確な違いがあります。特に「は」という係助詞が加わることで、言葉の持つ力が大きく変わることを理解すると、古文読解がより一層楽しくなります。
「さて」の基本的な意味と用法
古語の「さて」は、主に以下の三つの意味で使われます。
- 副詞として「そのままで」「そういう状態で」:前の状態を維持する意味合いです。例えば、『徒然草』の「し残したるを、さてうち置きたるは」は、「やり残したことを、そのままにしておくのは」と訳されます。
- 接続詞として「そうして」「それで」「そこで」:前の事柄を受けて、次の話題や展開へと繋げる役割を果たします。例えば、『徒然草』の「極楽寺・高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。さて、かたへの人に会ひて」は、「極楽寺などを拝んで、これだけだと思って帰った。そうして、仲間の人に会って」となります。
- 接続詞として「ところで」「さて」:それまでの話とは関係なく、新しい話題を切り出す際に用いられます。例えば、『土佐日記』の「さて、池めいてくぼまり、水漬ける所あり」は、「ところで、池のようにくぼんで、水につかっている所がある」と訳されます。
- 接続詞として「そうはいうものの」「ところが」:前の内容から逆接的に話を始める際に使われます。例えば、『枕草子』の「うれしきもの…さて、心劣りするやうもありかし」は、「嬉しいもの…そうはいうものの、がっかりするようなこともあるよ」となります。
このように、「さて」は話題の転換、継続、あるいは逆接など、多様な文脈で用いられる柔軟な言葉です。
「は」が加わることで生まれるニュアンスの違い
「さて」に係助詞の「は」が加わった「さては」は、「さて」が持つ意味を強調したり、特定の意味に限定したりする役割を果たします。
- 「さて」が「そのままで」という状態を表すのに対し、「さては」は「その状態のままでは」と、その状態がもたらす結果や条件に焦点を当てます。
- 「さて」が単に話題を転換する「ところで」であるのに対し、「さては」は「それでは」「それなら」と、前の発言や状況を受けて、そこから導かれる結論や判断を強調します。
- さらに、「さては」には、相手の隠し事や状況に気づいた時の驚きや確信を表す感動詞としての用法があります。これは「さて」単独では見られない意味合いです。
つまり、「は」が加わることで、「さては」はより限定的で、かつ感情的なニュアンスを帯びるようになるのです。文脈の中で「は」がどのような働きをしているのかを意識することが、「さて」と「さては」を区別する上で重要なコツとなります。
古語の「さては」を理解するコツ

古語の「さては」は多義的なため、初めて古文に触れる方にとっては難しく感じられるかもしれません。しかし、いくつかのコツを押さえることで、その意味を正確に捉え、古典の世界をより深く理解することができます。
文脈から意味を推測する
「さては」の意味を理解する上で最も重要なのは、常に前後の文脈を注意深く読み解くことです。古語は現代語のように厳密な品詞分類や意味の固定化がされていない場合が多く、文脈によって意味が大きく変わることがあります。
例えば、前の文が何らかの状況を説明している場合、「さては」はその状況を受けて「その状態のままでは」という意味になる可能性が高いでしょう。また、登場人物の会話の中で使われている場合は、相手の発言を受けて「それでは」と結論を導き出しているか、あるいは「思い当たった時の驚き」を表している可能性も考えられます。
物語の流れや登場人物の心情に寄り添いながら読むことで、自然と「さては」の適切な意味が見えてくるはずです。
品詞の役割を意識する
「さては」が副詞、接続詞、感動詞のいずれとして使われているかを意識することも、意味を正確に捉えるための大切な方法です。それぞれの品詞が持つ基本的な役割を理解していれば、文の中での「さては」の働きを推測しやすくなります。
- 副詞であれば、主に動詞や形容詞、他の副詞を修飾し、状態や様子を表します。
- 接続詞であれば、前後の文や節をつなぎ、順接、逆接、並列、転換などの関係を示します。
- 感動詞であれば、独立して使われ、感動や呼びかけ、応答などを表します。
特に、文頭に「さては」が来て、その後に続く文が前の文とは独立した内容である場合や、強い感情が込められている場合は、感動詞としての用法を疑ってみると良いでしょう。品詞の知識を文脈と合わせて活用することで、より精度の高い読解が可能になります。
よくある質問

- 古語の「さては」は現代語でどう言い換えられますか?
- 「さては」と「さて」は同じ意味で使われることがありますか?
- 古典の読解で「さては」が出てきたら、どこに注目すべきですか?
- 「さては」はどのような感情を表すことが多いですか?
- 古語の「さては」以外に、現代語と意味が異なる古語はありますか?
古語の「さては」は現代語でどう言い換えられますか?
古語の「さては」は、文脈によって様々な現代語に言い換えられます。副詞としては「そのままだと」「それでは」、接続詞としては「そしてそのほかには」「さらには」「それでは」「それなら」、感動詞としては「どうやら」「もしかして」「やはり」「なるほど」といった表現が当てはまります。現代語の「さては」が持つ「隠し事に気づいた時の驚き」という意味は、古語の感動詞としての用法の一部に当たります。
「さては」と「さて」は同じ意味で使われることがありますか?
「さては」と「さて」は、一部意味が重なる部分もありますが、基本的には異なるニュアンスで使われます。「さて」は話題の転換や継続、逆接など、より広範な意味を持つ一方、「さては」は「は」という係助詞が加わることで、「その状態のままでは」という条件や、「それでは」という結論、あるいは「思い当たった時の驚き」といった、より限定的で強調された意味合いを持つことが多いです。
古典の読解で「さては」が出てきたら、どこに注目すべきですか?
古典の読解で「さては」が出てきたら、まずその直前の文脈に注目しましょう。どのような状況や発言があったのかを把握することが重要です。次に、「さては」が文中でどのような役割を果たしているか、つまり、状態を表す副詞なのか、文と文をつなぐ接続詞なのか、それとも感情を表す感動詞なのかを判断します。特に、「は」が強調の役割を果たしていることを意識すると、意味を捉えやすくなります。
「さては」はどのような感情を表すことが多いですか?
感動詞としての「さては」は、主に驚き、気づき、確信、あるいは諦めや忠告といった感情を表すことが多いです。特に、それまでの状況から何かを察知し、「やはりそうだったのか」「そういうことだったのか」と腑に落ちたような感情を表現する際に使われます。
古語の「さては」以外に、現代語と意味が異なる古語はありますか?
はい、古語には現代語と意味が大きく異なる言葉が数多く存在します。例えば、「をかし」は現代語の「おかしい」とは異なり、「趣がある」「美しい」「面白い」といった肯定的な意味で使われます。また、「あはれ」は「しみじみと心が動く」「感動する」「かわいそう」など、多様な感情を表します。これらの言葉も文脈によって意味が変わるため、一つ一つ丁寧に理解していくことが、古文読解の醍醐味と言えるでしょう。
まとめ
- 古語「さては」は現代語と異なり多義的である。
- 副詞として「その状態のままでは」「それでは」の意味を持つ。
- 接続詞として「そしてそのほかには」「さらには」の意味を持つ。
- 接続詞として「それでは」「それなら」と結論を導く。
- 感動詞として思い当たった時の驚きや気づきを表す。
- 「さて」は話題転換や継続、逆接などより広範な意味を持つ。
- 「は」が加わることで意味が強調され限定される。
- 古典文学の用例で具体的な使われ方を理解できる。
- 『竹取物語』では副詞「そのままだと」の例がある。
- 『源氏物語』では接続詞「そのほかには」の例がある。
- 『徒然草』では接続詞「それでは」の例がある。
- 『枕草子』でも接続詞「それでは」の例が見られる。
- 文脈から意味を推測することが読解のコツである。
- 品詞の役割を意識することも理解を深める。
- 古語は現代語と意味が異なる言葉が多い。
- 「さては」の理解は古典文学を深く味わう助けとなる。
