「呼吸性アシドーシス」という言葉を聞いたとき、どのような状態を思い浮かべるでしょうか。体内の酸とアルカリのバランスが崩れる「酸塩基平衡異常」の一つであり、呼吸機能の低下によって引き起こされる病態です。この状態は、私たちの健康に深刻な影響を及ぼす可能性があり、早期の理解と適切な対応が求められます。
本記事では、呼吸性アシドーシスがどのような状態を指すのか、その原因や現れる症状、そして診断するための基準について、分かりやすく解説します。ご自身の体調や、身近な方の健康状態を考える上で、ぜひ参考にしてください。
呼吸性アシドーシスとは?その基本的な理解と重要性

呼吸性アシドーシスは、体内の酸塩基平衡が酸性に傾く状態であり、特に呼吸機能の障害が原因で二酸化炭素(CO2)が体内に蓄積することで引き起こされます。血液のpHは通常7.35~7.45の弱アルカリ性に保たれていますが、このバランスが崩れると様々な身体機能に支障をきたすため、その理解は非常に重要です。
呼吸性アシドーシスの定義と病態
呼吸性アシドーシスとは、肺での空気の入れ替わりが不十分になる「肺胞低換気」によって、動脈血中の二酸化炭素分圧(PaCO2)が上昇し、血液が酸性に傾く状態を指します。 正常な呼吸では、体内で作られた二酸化炭素は肺から効率よく排出されますが、何らかの原因でこの排出が滞ると、血液中に二酸化炭素が蓄積し、「高炭酸ガス血症」となります。
二酸化炭素は水と反応して炭酸となり、これが水素イオン(H+)を放出するため、結果として血液のpHが低下し、酸性に傾いてしまうのです。 この病態は、呼吸器系の機能が正常に働かない場合に生じ、放置すると重篤な合併症につながる可能性があります。
急性呼吸性アシドーシスと慢性呼吸性アシドーシスの違い
呼吸性アシドーシスには、急激に発症する「急性型」と、時間をかけて進行する「慢性型」があります。 急性呼吸性アシドーシスは、突然の換気障害によって二酸化炭素が急速に蓄積し、腎臓による代償作用が間に合わないため、pHが著しく低下するのが特徴です。 例えば、重度の喘息発作や薬物中毒などが原因で起こることがあります。
一方、慢性呼吸性アシドーシスは、慢性閉塞性肺疾患(COPD)のように、長期にわたる呼吸機能の低下が原因で生じます。 この場合、腎臓が重炭酸イオン(HCO3-)の再吸収を増加させることでpHを正常に近い範囲に維持しようと代償が働くため、急性型に比べてpHの低下は緩やかです。
呼吸性アシドーシスにおける代償メカニズム
体が酸塩基平衡を保とうとする働きを「代償」と呼びます。呼吸性アシドーシスの場合、体は血液のpHを正常に戻すために、主に腎臓が重炭酸イオン(HCO3-)の再吸収を増やし、水素イオン(H+)の排泄を促進することで代償します。 この腎臓による代償は、二酸化炭素の蓄積が始まってから3~5日かけて徐々に進行します。
特に慢性呼吸性アシドーシスでは、この腎臓の代償作用が十分に働くため、PaCO2が上昇していてもpHは比較的正常に近い値を示すことがあります。 しかし、代償能力には限界があり、二酸化炭素の貯留が高度な場合や腎機能に障害がある場合には、代償が不十分となり重症化する可能性もあります。
呼吸性アシドーシスを引き起こす主な原因とリスク

呼吸性アシドーシスは、肺から二酸化炭素を十分に排出できない状態、つまり「肺胞低換気」が主な原因で発生します。この低換気を引き起こす要因は多岐にわたり、呼吸中枢の機能低下から呼吸筋の障害、さらには肺や気道の疾患、胸郭の異常まで様々です。これらの原因を理解することは、呼吸性アシドーシスの予防や早期発見に繋がります。
呼吸中枢の機能低下
呼吸は脳の呼吸中枢によってコントロールされていますが、この中枢の機能が低下すると、呼吸の回数や深さが減少し、二酸化炭素の排出が滞ります。 具体的な原因としては、脳幹の損傷、脳血管障害、脳炎などの脳疾患が挙げられます。 また、麻薬、鎮静剤、睡眠薬、アルコールなどの薬物や毒物の過剰摂取も、呼吸中枢を抑制し、呼吸性アシドーシスを引き起こすリスクを高めます。
これらの薬剤は、意識レベルの低下を招き、結果として呼吸が浅く、遅くなることで、体内に二酸化炭素が蓄積しやすくなるのです。
呼吸筋や神経系の障害
呼吸を行うためには、横隔膜や肋間筋といった呼吸筋が正常に機能する必要があります。これらの呼吸筋や、呼吸筋を支配する神経に障害が生じると、十分な換気が行えなくなり、呼吸性アシドーシスを招くことがあります。 例えば、重症筋無力症やギラン・バレー症候群のような神経筋疾患は、呼吸筋の麻痺や筋力低下を引き起こし、呼吸困難を伴うことがあります。
また、脊髄損傷や筋ジストロフィーなども、呼吸筋の動きを制限し、二酸化炭素の排出を妨げる原因となります。
肺および気道の疾患
肺自体に問題がある場合や、気道が閉塞している場合も、二酸化炭素の排出が効率的に行われず、呼吸性アシドーシスを引き起こします。 慢性閉塞性肺疾患(COPD)や気管支喘息の重責発作、肺炎、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、間質性肺炎などは、肺のガス交換能力を低下させたり、気道の狭窄や閉塞を引き起こしたりすることで、肺胞低換気を招きます。
特にCOPDの患者さんでは、慢性的に二酸化炭素が体内に溜まりやすい状態にあるため、呼吸性アシドーシスを発症するリスクが高いと言えるでしょう。
胸郭の異常や外傷
胸郭は肺を保護し、呼吸運動を助ける役割を担っています。この胸郭に異常がある場合や外傷を負った場合も、呼吸運動が制限され、呼吸性アシドーシスに繋がることがあります。 例えば、胸郭の外傷によるフレイルチェスト(多発肋骨骨折)や、脊柱側弯症のような胸郭の変形は、肺の膨らみを妨げ、十分な換気を困難にします。 また、肥満による胸郭への圧迫も、呼吸運動を制限し、特に睡眠時無呼吸症候群などでは一時的な呼吸性アシドーシスを繰り返す原因となることがあります。
これらの物理的な要因は、呼吸の効率を低下させ、二酸化炭素の蓄積を招くリスクがあるのです。
呼吸性アシドーシスを見分ける症状と身体の変化

呼吸性アシドーシスは、体内の二酸化炭素濃度の上昇度合いと速度によって、現れる症状が異なります。軽度であれば気づきにくいこともありますが、重度になると命に関わる深刻な状態に陥る可能性もあります。そのため、どのような症状が現れるのかを知っておくことは、早期発見と適切な対応のために非常に重要です。
急性期の主な症状
急性呼吸性アシドーシスは、二酸化炭素が急速に体内に蓄積するため、比較的短時間で症状が現れます。主な症状としては、頭痛、錯乱、不安、眠気、そして重度になると意識障害や昏睡(CO2ナルコーシス)などが挙げられます。 これは、二酸化炭素が血液脳関門を容易に通過し、脳の中枢神経系に直接影響を与えるためです。 また、血管拡張作用により頻脈や不整脈が生じることもあります。
これらの症状は、急激な体内の変化によって引き起こされるため、速やかな医療介入が必要となることが多いです。
慢性期の主な症状
慢性呼吸性アシドーシスは、二酸化炭素の蓄積が緩やかに進行するため、急性期に比べて症状が目立たないことが多いです。 しかし、長期間にわたって高炭酸ガス血症が続くと、記憶障害、睡眠障害、日中の過度の眠気、人格変化などが現れることがあります。 また、歩行障害、振戦(ふるえ)、ミオクローヌス(筋肉のぴくつき)、羽ばたき振戦(手のひらが羽ばたくように震える)、乳頭浮腫などの神経学的な徴候が見られることもあります。
これらの症状は、慢性的な二酸化炭素の蓄積が脳機能に影響を及ぼすことで生じ、日常生活の質を著しく低下させる可能性があるため、注意が必要です。
呼吸性アシドーシスを正確に診断するための基準と検査

呼吸性アシドーシスを正確に診断するためには、臨床症状の観察だけでなく、専門的な検査が不可欠です。特に「動脈血ガス分析」は、体内の酸塩基平衡の状態を把握する上で最も重要な検査であり、その結果を正しく読み解くことが診断の決め手となります。また、他の酸塩基平衡異常との鑑別や、原因疾患を特定するための追加検査も重要です。
動脈血ガス分析の具体的な読み方
動脈血ガス分析は、血液中のpH、二酸化炭素分圧(PaCO2)、重炭酸イオン(HCO3-)、酸素分圧(PaO2)などを測定する検査です。呼吸性アシドーシスの診断基準は、主に以下の3つの値で判断されます。
- pH:7.35未満(酸性)
- PaCO2:45mmHg超(二酸化炭素の蓄積)
- HCO3-:急性期では正常範囲内、慢性期では代償により上昇
具体的には、pHが低下し、PaCO2が上昇している場合に呼吸性アシドーシスと診断されます。 さらに、HCO3-の値を見ることで、それが急性期なのか慢性期なのかを判断する手がかりとなります。急性期ではHCO3-はまだ代償が働いていないため正常に近い値ですが、慢性期では腎臓による代償が働き、HCO3-が上昇していることが多いです。
他の酸塩基平衡異常との鑑別方法
体内の酸塩基平衡異常には、呼吸性アシドーシス以外にも、呼吸性アルカローシス、代謝性アシドーシス、代謝性アルカローシスがあります。これらを鑑別するためには、動脈血ガス分析の各値を総合的に評価することが重要です。
- 呼吸性アルカローシス:PaCO2の低下によりpHが上昇します。 過換気などが原因で起こります。
- 代謝性アシドーシス:HCO3-の低下によりpHが上昇します。 腎不全や糖尿病性ケトアシドーシスなどが原因です。
- 代謝性アルカローシス:HCO3-の上昇によりpHが上昇します。 嘔吐や利尿薬の使用などが原因で起こります。
呼吸性アシドーシスは、PaCO2の上昇がpH低下の主要な原因である点で、HCO3-の変動が主な原因となる代謝性アシドーシスと区別されます。 これらの鑑別を正確に行うことで、適切な治療方針を立てることが可能になります。
診断に役立つその他の検査
動脈血ガス分析に加えて、呼吸性アシドーシスの原因疾患を特定するために、以下のような検査が行われることがあります。
- 胸部X線・CT:肺炎やCOPD、肺水腫などの肺疾患の有無や程度を確認します。
- 肺機能検査:肺の換気能力やガス交換能力を評価し、閉塞性肺疾患や拘束性肺疾患の診断に役立ちます。
- 血液検査:電解質(ナトリウム、カリウム、クロライドなど)、血糖、腎機能を示すクレアチニンなどを測定し、全身状態や代謝性アシドーシスなどの合併の有無を確認します。
- 薬物スクリーニング:薬物中毒が疑われる場合に、血液や尿中の薬物濃度を測定します。
これらの検査結果を総合的に評価することで、呼吸性アシドーシスの診断を確定し、その根本的な原因を特定し、適切な治療へと繋げることが可能になります。
呼吸性アシドーシスの効果的な治療と管理方法

呼吸性アシドーシスの治療は、単に血液のpHを正常に戻すだけでなく、根本的な原因を取り除くことが最も重要です。原因疾患へのアプローチ、呼吸補助による換気改善、そして全身管理が治療の柱となります。患者さんの状態や原因に応じて、最適な治療方法が選択されます。
原因疾患への根本的なアプローチ
呼吸性アシドーシスは、様々な基礎疾患によって引き起こされるため、その原因を特定し、治療することが最も効果的な方法です。 例えば、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の増悪が原因であれば、気管支拡張薬やステロイドの投与が行われます。 肺炎であれば抗菌薬による治療、喘息発作であれば気管支拡張薬や酸素療法が適用されます。
薬物中毒による呼吸中枢の抑制が原因であれば、薬剤の消失を待つか、拮抗薬の使用が検討されます。 また、呼吸筋の弱化を招く低リン血症や低マグネシウム血症などの代謝異常があれば、それを是正する治療も行われます。 原因疾患を治療することで、肺胞換気が改善され、二酸化炭素の排出が促進され、結果としてアシドーシスが改善に向かいます。
呼吸補助による換気改善
二酸化炭素の排出が不十分な場合、呼吸補助療法が重要な役割を果たします。 軽度であれば酸素療法が検討されますが、重度の呼吸性アシドーシスや意識障害を伴う場合には、非侵襲的換気(NIV)や人工呼吸器による機械的人工換気がしばしば必要となります。 これらの呼吸補助装置は、肺に空気を送り込み、二酸化炭素の排出を助けることで、血液中のPaCO2を低下させ、pHを改善します。
特にNIVは、気管内挿管を避けることができるため、患者さんの負担を軽減しつつ効果的な換気改善が期待できる方法です。 適切な呼吸補助は、患者さんの命を守る上で欠かせない治療の一つと言えるでしょう。
薬物療法と全身管理
呼吸性アシドーシスの治療において、薬物療法は原因疾患へのアプローチと並行して行われます。例えば、気管支拡張薬は気道の狭窄を和らげ、呼吸を楽にするために用いられます。 また、利尿薬は肺水腫を伴う場合に、体内の水分量を調整するために使用されることがあります。全身管理としては、バイタルサインの厳重なモニタリング、意識レベルの評価、電解質バランスの管理などが重要です。
特に重炭酸ナトリウムの投与は、体内で二酸化炭素が増加し、アシドーシスをさらに悪化させる可能性があるため、真の適応がない限り避けるべきとされています。 患者さんの状態を総合的に評価し、適切な薬物療法と全身管理を行うことで、呼吸性アシドーシスの改善を目指します。
よくある質問

- 呼吸性アシドーシスとは簡単に言うと?
- 呼吸性アシドーシスとアルカローシスの違いは?
- 呼吸性アシドーシスはなぜ起こる?
- 呼吸性アシドーシスの基準値は?
- アシドーシスとアルカローシスどちらが危険?
- 呼吸性アシドーシスでpHは?
- 呼吸性アシドーシスの代償は?
- 呼吸性アシドーシスでHCO3は?
呼吸性アシドーシスとは簡単に言うと?
呼吸性アシドーシスとは、呼吸の働きが悪くなり、体内で作られた二酸化炭素が肺から十分に排出されず、血液中に溜まってしまうことで、血液が酸性に傾く状態のことです。
呼吸性アシドーシスとアルカローシスの違いは?
呼吸性アシドーシスは、肺での空気の入れ替わりが不十分(肺胞低換気)で、血液中の二酸化炭素が増加し、血液が酸性に傾く状態です。一方、呼吸性アルカローシスは、肺での空気の入れ替わりが過剰(過換気)で、血液中の二酸化炭素が減少し、血液がアルカリ性に傾く状態を指します。
呼吸性アシドーシスはなぜ起こる?
呼吸性アシドーシスは、呼吸総量の低下、ガス交換の非効率化、または二酸化炭素産生量の増加が主な原因で起こります。具体的には、脳の呼吸中枢の機能低下、呼吸筋や神経系の障害、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や喘息などの肺疾患、胸郭の異常などが挙げられます。
呼吸性アシドーシスの基準値は?
呼吸性アシドーシスの診断基準は、動脈血ガス分析でpHが7.35未満、動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)が45mmHg超、重炭酸イオン(HCO3-)は急性期では正常、慢性期では上昇している場合に判断されます。
アシドーシスとアルカローシスどちらが危険?
アシドーシスもアルカローシスも、どちらも体内の酸塩基平衡が崩れた状態であり、重度になると命に関わる可能性があります。pHが極端に低くなったり高くなったりすると、不整脈や意識障害、昏睡などを引き起こす危険性があるため、どちらの状態も速やかな医療介入が必要です。
呼吸性アシドーシスでpHは?
呼吸性アシドーシスでは、血液中の二酸化炭素が蓄積することで血液が酸性に傾くため、pHは正常値(7.35~7.45)よりも低下します。
呼吸性アシドーシスの代償は?
呼吸性アシドーシスに対する体の代償メカニズムは、主に腎臓が重炭酸イオン(HCO3-)の再吸収を増加させ、水素イオン(H+)の排泄を促進することで、血液のpHを正常に近づけようとします。
呼吸性アシドーシスでHCO3は?
呼吸性アシドーシスにおいて、重炭酸イオン(HCO3-)は急性期ではまだ代償が働いていないため正常範囲内ですが、慢性期では腎臓による代償作用が働くことで上昇します。
まとめ
- 呼吸性アシドーシスは、呼吸機能の低下による二酸化炭素蓄積で血液が酸性に傾く状態。
- 血液のpHが7.35未満、PaCO2が45mmHg超が診断基準。
- 原因は呼吸中枢抑制、呼吸筋障害、肺疾患、胸郭異常など多岐にわたる。
- 急性期には頭痛、錯乱、眠気、意識障害などが現れる。
- 慢性期には記憶障害、睡眠障害、日中の眠気、人格変化が見られる。
- 診断には動脈血ガス分析が最も重要。
- 他の酸塩基平衡異常との鑑別が不可欠。
- 治療は原因疾患の治療が最優先。
- 呼吸補助療法として酸素療法や人工呼吸器が用いられる。
- 薬物療法や全身管理も治療の重要な要素。
- 重炭酸ナトリウムの安易な投与は避けるべき。
- 早期発見と適切な対応が予後を大きく左右する。
- COPD患者は慢性呼吸性アシドーシスのリスクが高い。
- 薬物中毒も呼吸性アシドーシスの原因となる。
- 体内の酸塩基平衡の理解は健康管理に不可欠。
