『孤独のグルメ』の原作者として、多くの人々に愛される漫画家・久住昌之さん。彼の作品には、日常のささやかな出来事や、何気ない風景の中に潜む面白さを切り取る独特の視点が光っています。しかし、そのユニークな感性がどのように育まれたのか、彼の若い頃の姿を知る人は意外と少ないかもしれません。
本記事では、久住昌之さんの知られざる青春時代に焦点を当て、その生い立ちから漫画家デビュー、そして現在の創作活動へと繋がる原点までを深く掘り下げていきます。彼の若い頃のエピソードを知ることで、作品に込められたメッセージや、彼自身の人間的な魅力がより一層感じられるでしょう。
漫画家・久住昌之の生い立ちと学生時代
久住昌之さんは、1958年7月15日に東京都三鷹市で生まれました。彼の育った三鷹は、都心で働く人々が暮らすベッドタウンであり、この環境が彼の感性に大きな影響を与えたようです。幼少期から絵を描くことが好きで、特に「せいめいのれきし」という絵本に夢中になったと語っています。
高校は東京都立神代高等学校を卒業し、その後、法政大学社会学部へと進学しました。大学在学中から美術や音楽に強い関心を持ち、一般的な美大ではなく、美学校という場所で芸術家・赤瀬川原平に師事することになります。この美学校での経験が、彼のその後の創作活動に大きな影響を与えることとなりました。
三鷹で育った少年時代と「三多摩原人」の意識
久住昌之さんは、生まれも育ちも東京都三鷹市でありながら、自身を「東京っ子」とは違う「三多摩の子供」だと表現しています。小学生の頃、先生が「三鷹は東京のベッドタウン」だと話したことが強く心に残り、「三鷹は東京ではない」という感覚を抱いたそうです。
この「三多摩原人」としての意識は、彼の作品にも通じる独自の視点を育みました。駄菓子屋やラーメン屋、原っぱや雑木林といった、彼が愛した地元の風景が次々と姿を消していく中で、「好きな店とはなくなっていくもの」という無常観が彼の根底に生まれたといいます。この移り変わりを淡々と受け入れる姿勢は、後の作品における日常の描写にも深く繋がっているのです。
法政大学と美学校での学び：赤瀬川原平との出会い
高校2年生の時に美大進学を考えた久住さんでしたが、教師から「遅い」と言われ、法政大学社会学部へ進学しました。しかし、美術への未練は断ちがたく、大学に通いながら週に一度、美学校の「絵文字工房」に通い始めます。
美学校は一般的な美術大学とは異なり、クーラーもないようなボロいビルの一室で、赤瀬川原平氏から直接指導を受ける塾のような場所でした。ここでは、模写をしたり、夜には焼酎を飲みながら赤瀬川氏が見つけた面白いものを見せてもらったりと、型にはまらない自由な学びがありました。年上の生徒たちとの交流も、高校を出たばかりの久住さんにとって新鮮で、この1年間が彼の感性を大きく刺激し、後の創作の土台を築いたと言えるでしょう。
「泉昌之」としての鮮烈なデビュー
久住昌之さんの漫画家としてのキャリアは、美学校での出会いがきっかけで大きく動き出します。同期生であった泉晴紀氏とのコンビ「泉昌之」を結成し、1981年に漫画雑誌『ガロ』で鮮烈なデビューを飾りました。
このデビューは、久住さんが泉晴紀氏の描いた漫画を読み、その古風な画風に自身のアイデアを組み合わせることで生まれたものです。二人の独特な世界観は、当時の漫画界に新たな風を吹き込み、多くの読者に強い印象を与えました。特に、彼らの初期の作品には、後の久住作品に通じる「日常のささやかなこだわり」が既に表現されています。
『ガロ』での漫画家デビューと初期作品『夜行』
久住昌之さんは、美学校の同期生である泉晴紀氏（現・和泉晴紀氏）とコンビを組み、「泉昌之」名義で1981年に漫画雑誌『ガロ』に短編漫画『夜行』を持ち込み、入選を果たし漫画家デビューしました。
『夜行』は、当時のグルメブームとは全く無関係に、「弁当を食べる際のおかずの順番を考えてしまう自分」という、ごく個人的でアホらしいとも思える発想から生まれました。主人公がハードボイルド風の格好をしているにもかかわらず、頭の中ではおかずの配分を真剣に考えているという設定が、読者に新鮮な面白さを与えたのです。
この作品は、後に『孤独のグルメ』へと繋がる、日常の細部に着目する久住さんの原点とも言えるでしょう。
泉晴紀とのコンビ「泉昌之」の誕生と『かっこいいスキヤキ』
泉晴紀氏とのコンビ「泉昌之」は、デビュー作『夜行』以降も『ガロ』を中心に活動を続けました。彼らの作品は、泉氏の独特な劇画調の絵と、久住さんの日常に潜むシュールな視点が融合したもので、多くのファンを獲得します。
特に代表作として知られるのが、初の単行本となった『かっこいいスキヤキ』です。この作品は、20代の頃に発表され、現在でもロングセラーとして多くの人に読まれています。 「泉昌之」名義では他にも、『新さん』『ダンドリくん』『豪快さんだ！』『食の軍師』など、数々の作品を発表し、その後の久住さんの創作活動の礎を築きました。
漫画と並行した多彩な活動：音楽とデザイン
久住昌之さんの若い頃の活動は、漫画だけにとどまりません。彼は学生時代から音楽活動を続けており、漫画家デビューと同じ21歳の時には、すでにライブハウスで有料の演奏を行っていました。 また、デザインや装丁の仕事にも携わり、その多才ぶりを発揮しています。これらの活動は、単なる趣味ではなく、彼の表現活動の重要な一部であり、互いに影響し合いながら、久住さん独自のクリエイティブな世界を形作っていきました。
特に音楽は、彼の人生において常に寄り添ってきた存在です。漫画で成功を収めた後も、「漫画家の趣味」と言われることに苦悩しながらも、音楽を続けることにこだわり、様々なバンド活動を行ってきました。この多岐にわたる活動が、彼の作品に深みと広がりを与えていることは間違いありません。
中学時代から続く音楽活動とその転機
久住昌之さんの音楽への情熱は、中学1年生の時にフォークギターを買い、すぐに自作曲を作り始めたことから始まりました。 譜面は読めないものの、コードをいくつか覚えるとすぐに歌を作り、その歌がクラスの音楽祭で歌われたというエピソードもあります。 学生時代からバンド活動やアルバム制作を途切れることなく続け、80年代には多くの小劇団の音楽を作曲・演奏しました。
漫画家としてデビューしたのと同じ21歳の時には、高円寺のライブハウスで初めてお金をもらって演奏するなど、漫画と音楽を並行して活動していました。 『孤独のグルメ』がドラマ化された際には、自身が結成したバンド「The Screen Tones」が劇中音楽を担当し、長年の音楽活動が漫画と合体する大きな転機となりました。
装丁家・エッセイストとしての顔
久住昌之さんは、漫画家、ミュージシャンとしてだけでなく、装丁家やエッセイストとしても若い頃から活躍していました。河出書房新社の「カワデ・パーソナル・コミックス」や、大友克洋氏の『童夢』の豪華本の装丁を手がけるなど、デザインの分野でもその才能を発揮しています。
また、エッセイストとしても多数の著書があり、『昼のセント酒』『食い意地クン』『野武士のグルメ』『東京都三多摩原人』など、彼の日常の視点や哲学が詰まった作品は多くの読者に支持されています。 これらの多岐にわたる活動は、久住さんの持つ豊かな感性と、あらゆる表現方法を追求する探求心から生まれていると言えるでしょう。
『孤独のグルメ』へと繋がる若き日の視点
久住昌之さんの代表作である『孤独のグルメ』は、主人公・井之頭五郎が一人で食事を楽しむ姿を描いた作品です。この作品の根底には、久住さん自身の若い頃の体験や、彼が培ってきた独自の視点が深く関わっています。
特に、美学校に通っていた大学生時代の「ひとり飯」体験は、作品の重要なインスピレーション源となりました。また、故郷である三鷹の移り変わりの中で感じた「無常観」も、彼の作品世界に深みを与えています。これらの若い頃の経験が、後の『孤独のグルメ』という唯一無二の作品を生み出す土壌となったのです。
神保町での「ひとり飯」体験がもたらした影響
久住昌之さんが美学校に通っていた大学生時代、神保町での「ひとり飯」体験は、『孤独のグルメ』の原点の一つとなりました。 神保町という古本屋が多く立ち並ぶ独特な街で、昼食休憩のたびに一人で店を探し、勇気を出して入ったラーメン屋「さぶちゃん」や定食屋「いもや」で、周りの客も皆一人で楽しそうに食事をしている光景を目にします。
この経験から、一人で食事をすることの豊かさや、他人に気兼ねなく自分のペースで食事を満喫する「孤高の行為」の面白さを発見しました。 この時の「孤独だけど豊かな時間」という感覚が、後に井之頭五郎のキャラクターや、作品全体のテーマへと昇華されていったのです。
日常の「無常観」が育んだ独自の表現
久住昌之さんの作品には、日常のささやかな風景や、失われゆくものへの優しい眼差しが感じられます。これは、彼が生まれ育った三鷹の街が、高度経済成長期の中で大きく変化していく様子を目の当たりにしてきた経験と深く結びついています。
愛着のある駄菓子屋やラーメン屋、自然が次々と姿を消していく中で、「好きな店とはなくなっていくもの」という「無常観」が彼の心に根付きました。 このような、変化を受け入れつつも、その中に見出す美しさや哀愁を淡々と描く姿勢が、久住さん独自の表現方法となり、『孤独のグルメ』をはじめとする多くの作品に、深みと共感をもたらしていると言えるでしょう。
よくある質問
- 久住昌之さんの出身地はどこですか？
- 久住昌之さんが漫画家としてデビューしたのはいつですか？
- 久住昌之さんが影響を受けた人物はいますか？
- 『孤独のグルメ』のアイデアは若い頃からあったのですか？
- 久住昌之さんは漫画以外にどんな活動をしていますか？
久住昌之さんの出身地はどこですか？
久住昌之さんは、1958年に東京都三鷹市で生まれました。現在も三鷹市にお住まいです。
久住昌之さんが漫画家としてデビューしたのはいつですか？
久住昌之さんは、1981年に泉晴紀氏と組んだ「泉昌之」名義で、漫画雑誌『ガロ』にて漫画家デビューしました。デビュー作は短編漫画『夜行』です。
久住昌之さんが影響を受けた人物はいますか？
久住昌之さんは、美学校で芸術家の赤瀬川原平氏に師事し、大きな影響を受けました。赤瀬川氏の型にはまらない教え方や、日常の中の面白いものを見つける視点が、久住さんの創作に深く関わっています。
『孤独のグルメ』のアイデアは若い頃からあったのですか？
『孤独のグルメ』のアイデアの原点は、久住昌之さんが美学校に通っていた大学生時代に、神保町で一人で食事をする中で感じた「孤独だけど豊かな時間」の体験にあります。また、デビュー作『夜行』で描かれた「弁当のおかずの順番を考える」という日常のささやかなこだわりも、作品のルーツと言えるでしょう。
久住昌之さんは漫画以外にどんな活動をしていますか？
久住昌之さんは、漫画家・漫画原作者としてだけでなく、ミュージシャン、エッセイスト、イラストレーター、装丁家としても幅広く活動しています。特に音楽活動は学生時代から続けており、自身のバンド「The Screen Tones」で『孤独のグルメ』の劇中音楽も担当しています。
まとめ
- 久住昌之さんは1958年東京都三鷹市生まれ。
- 法政大学社会学部を卒業しています。
- 大学在学中に美学校で赤瀬川原平に師事しました。
- 1981年、泉晴紀とのコンビ「泉昌之」として『ガロ』で漫画家デビューしました。
- デビュー作は短編漫画『夜行』です。
- 「泉昌之」名義の代表作に『かっこいいスキヤキ』があります。
- 中学時代から音楽活動を続け、21歳で初の有料ライブを行いました。
- 装丁家として大友克洋『童夢』の装丁も手がけました。
- エッセイストとしても多くの著書を発表しています。
- 三鷹での「三多摩原人」としての意識が彼の感性を育みました。
- 街の移り変わりから「無常観」を作品に取り入れています。
- 神保町での「ひとり飯」体験が『孤独のグルメ』の原点です。
- 『孤独のグルメ』の劇中音楽は自身のバンド「The Screen Tones」が担当しています。
- 彼の作品は日常のささやかな出来事に焦点を当てています。
- 多岐にわたる活動が彼のクリエイティブな世界を形成しました。