建築家・隈研吾氏の作品が「やばい」と話題になることがあります。この「やばい」という言葉には、彼の建築が持つ圧倒的な魅力への驚きと、時にはその革新性ゆえに生じる課題への関心が含まれているかもしれません。本記事では、隈研吾氏の建築がなぜこれほどまでに人々を惹きつけ、議論を呼ぶのか、その多角的な理由を深掘りします。
隈研吾建築が「やばい」と言われる3つの理由
隈研吾氏の建築が「やばい」と評される背景には、彼の独自のデザイン哲学と、それを具現化する卓越した技術があります。特に、自然との調和、素材への深い洞察、そして日本文化の再解釈という3つの要素が、彼の作品を唯一無二のものにしています。
自然素材を巧みに操る「負ける建築」の思想
隈研吾氏の建築は、木材や石、竹、和紙といった自然素材を多用することで知られています。彼は、建築が周囲の環境に対して威圧的にそびえ立つのではなく、むしろ自然に溶け込み、その存在感を「負ける」ことで、より豊かな空間を生み出すという「負ける建築」の思想を提唱しています。この思想は、建物が風景の一部となり、訪れる人々に安らぎと感動を与えることを目指しています。
例えば、木材の柔らかな風合いや質感を最大限に活かし、建物全体がまるで森の一部であるかのような印象を与えるデザインが施されることもあります。 この手法により、都市部の建物でさえも自然との調和を感じさせることが可能になるのです。
周囲の環境と一体化するデザイン
隈研吾氏の建築は、その土地の環境や文化に深く根ざしたデザインが特徴です。彼は、建物を単体で捉えるのではなく、周囲の地形、気候、歴史、そして人々の生活と密接に結びつけることを重視しています。例えば、新国立競技場では「杜のスタジアム」をコンセプトに、周辺の明治神宮外苑の自然と調和するデザインが採用されました。
また、スコットランドのV&Aダンディーでは、スコットランドの海岸線の特徴である「崖」をイメージし、プレキャストコンクリートを水平に積み重ねて陰影と変化のあるファサードを作り出しています。 このように、建築が周囲の環境と一体となることで、訪れる人々はより深い体験を得られるでしょう。
日本の伝統を現代に昇華させる独自性
隈研吾氏は、日本の伝統的な建築技術や美意識を現代建築に巧みに取り入れています。彼は、単に伝統を模倣するのではなく、それを現代の技術や素材と融合させることで、新しい価値を創造しています。例えば、サントリー美術館では、日本の伝統的なディテールである「無双格子」にヒントを得て、スライドする機構で光をコントロールする可動式スクリーンをファサードの内側に設けています。
また、木材を多用する彼のスタイルは「和の大家」とも称され、日本の木造技術を現代建築に応用する革新者として知られています。 このようなアプローチは、日本の文化的なアイデンティティを世界に発信する役割も果たしているのです。
隈研吾の「やばい」代表作に見る唯一無二の魅力

隈研吾氏が手がけた建築は、そのどれもが強い個性とメッセージを持ち、訪れる人々に忘れがたい印象を与えます。ここでは、彼の代表的な作品の中から、特に「やばい」と評されるその魅力に迫ります。
新国立競技場:木材が織りなす「杜のスタジアム」
2020年東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとして建設された新国立競技場は、隈研吾氏の代表作の一つです。 「杜のスタジアム」をコンセプトに、木材と鉄骨のハイブリッド構造の屋根や、建物外周の軒庇に木材がふんだんに使われています。 高さ約47mと低く設定された水平的なラインは、圧迫感を抑え、周囲の自然と調和するデザインです。
また、47都道府県の木材を庇に使用し、各県がある方向に配置するなど、日本の多様性と一体感を象徴的に表現しています。 このスタジアムは、空調機に頼らず地域の風を取り入れる仕組みや、座席下のファンによる温度調整など、環境への配慮もなされています。 丹下健三氏が設計した1964年の代々木体育館に感銘を受けて建築家を志した隈氏にとって、新国立競技場の設計は運命的なものであったと語っています。
サントリー美術館:都市の居間としての和モダン空間
東京ミッドタウン内にあるサントリー美術館も、隈研吾氏が設計を手がけた重要な作品です。 彼はこの美術館を「都市の居間」と構想し、日本の伝統と現代を融合させた「和のモダン」を基調に、安らぎと優しさに満ちた空間を実現しました。 外観は白磁のルーバー(縦格子)に覆われ、透明感を感じさせます。 館内には木と和紙が意匠に用いられ、自然のぬくもりと柔らかい光が表現されています。
特に、ガラスのない時代の日本の住宅に用いられた伝統的なディテール「無双格子」にヒントを得た可動式スクリーンは、展示方法によって様々な光の状態を調整できる工夫が凝らされています。 ウイスキーの樽材を再生利用した床材など、細部にわたるこだわりも魅力です。
V&Aダンディー:スコットランドの崖を表現した挑戦
スコットランドのダンディーに位置するV&Aダンディーは、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート・ミュージアムの分館であり、スコットランド初のデザインミュージアムです。 隈研吾建築都市設計事務所が設計を手がけ、テイ川に面した敷地に、スコットランドの海岸線の特徴である「崖」をイメージした建築が提案されました。
プレキャストコンクリートを水平に積み重ねて作られたファサードは、陰影と変化に富み、自然のもつランダムネスを建築的に表現しています。 建築の一部を川の中に張り出すように建てることで、川と建築が融合した新しい環境調和型建築のあり方を提示しています。 この作品は、異国の地でその土地の自然や文化を深く読み解き、建築として昇華させる隈氏の力量を示しています。
その他、国内外の注目作品
隈研吾氏の作品は、上記以外にも国内外に数多く存在します。例えば、東京都港区にある根津美術館は、和風家屋のような大きな屋根と、周囲の日本庭園に溶け込むデザインが特徴です。 正門からのアプローチにある「竹の回廊」は、和の雰囲気を強く感じさせます。 また、台湾のパイナップルケーキ専門店「サニーヒルズ南青山店」は、ヒノキの角材を複雑に組んだ「地獄組」と呼ばれる伝統的な組木格子で覆われ、森の中に迷い込んだかのような空間を演出しています。
その他にも、浅草文化観光センター、高輪ゲートウェイ駅、角川武蔵野ミュージアムなど、彼の建築は多岐にわたります。 これらの作品は、それぞれ異なる表情を持ちながらも、隈氏の哲学である自然との調和や素材へのこだわりが貫かれています。
隈研吾のデザイン哲学「反オブジェクト」の真髄

隈研吾氏の建築を理解する上で欠かせないのが、彼の提唱する「反オブジェクト」というデザイン哲学です。これは、従来の建築に対する批判的な視点から生まれ、彼の作品の根幹をなす考え方です。
建築を「モノ」として捉えない思想
隈研吾氏は、自己中心的で威圧的な建築、つまり「オブジェクト」として存在する建築を批判しています。 彼は、モダニズム建築でさえも「オブジェクトという病に深くおかされている」と指摘し、建築が単なる「モノ」として独立して存在するのではなく、周囲の環境や人々の活動との「関係性」の中で意味を持つべきだと考えています。
この思想は、建築が周囲から際立つことで存在感を主張するのではなく、むしろ風景や自然光、そして自然素材を巧みに活用し、都市の喧騒から切り離された静かな空間を作り出すことを目指しています。 建築が「モノ」としての主張を抑えることで、より人間的で心地よい空間が生まれるという考え方です。
空間と体験を重視するアプローチ
「反オブジェクト」の思想は、建築が提供する「空間」と、そこで人々が感じる「体験」を重視するアプローチへとつながります。隈研吾氏は、建築の形そのものよりも、その空間がどのように使われ、人々がそこでどのような感情を抱くかに重きを置いています。彼は、弱く、薄く、ゆるく、細く、軽く、繊細な自然由来の素材に次々と挑戦し、鉄とコンクリートとガラスを主な素材とするモダニズム建築が見向きもしなかった素材の可能性を切り開きました。
これにより、訪れる人が心地よく、安らぎを感じられるような、人間的なスケールを大切にした空間づくりを心がけています。 素材の質感、ディテールの丁寧さ、そして光の取り入れ方など、細部にまで配慮が行き届いているのは、この空間と体験を重視する姿勢の表れと言えるでしょう。
隈研吾建築への「やばい」という別の側面:批判と課題

隈研吾氏の建築は世界中で高い評価を受けていますが、その一方で、一部では批判的な意見や課題も指摘されています。「やばい」という言葉が、単なる称賛だけでなく、懸念や問題提起の意味合いで使われることもあります。
木材の劣化問題と維持管理の課題
隈研吾氏の建築に対する批判の一つに、木材の劣化問題が挙げられます。特に公共建築物において、完成から数年で木材にカビが生えたり、塗装が剥がれたりといった劣化が報告されている事例があります。 例えば、富岡市役所や高尾山口駅の駅舎などで、木材の経年劣化や湿気による影響が課題として指摘されています。 これらの問題は、木材の特性を活かした設計が、維持管理の難しさや耐久性の課題と隣り合わせであることを示唆しています。
公共建築の場合、税金による修繕費用が発生するため、「税金の無駄遣いではないか」という批判の声も少なくありません。 隈氏自身は、これらの問題を「実験段階」「模索の期間」と説明することもありますが、デザイン性と公共財としての安全性、耐久性、維持管理の容易さ、そしてコストのバランスをいかに取るべきかという難しい問いを投げかけています。
デザインの均質性や事業手法への指摘
一部の建築関係者からは、隈研吾氏のデザインが「均質的」であるという指摘や、その事業手法に対する批判も聞かれます。 「木を使うデザイン」を多用することへの疑念の声は、今回の劣化問題が起きる前から存在していたとされています。 また、彼の事務所が多くの設計案件を抱えていることから、個々のプロジェクトへの関与度や、デザインのオリジナリティに対する疑問も呈されることがあります。
さらに、公共施設の設計において「コネクション」が活用されているのではないかという憶測や、デザインコンペの評価基準、契約内容、完成後のメンテナンス計画の策定といったプロセスがより厳格に見直されるべきだという意見もあります。 これらの批判は、隈研吾氏の建築が持つ普遍的な価値を問い直し、今後の建築のあり方、特に維持管理や持続可能性といった側面に対する議論を深めるきっかけとなっています。
他の著名建築家との比較:隈研吾の立ち位置

日本の建築界には、隈研吾氏以外にも世界的に活躍する著名な建築家が数多く存在します。彼らと比較することで、隈氏の建築が持つ独自性や立ち位置がより明確になります。
安藤忠雄との対比:素材と空間へのアプローチ
安藤忠雄氏は、コンクリートを主な素材とし、光と影を巧みに操ることで、瞑想的な空間を生み出すことで知られています。彼の建築は、力強く、自己主張の強い「オブジェクト」としての存在感を放つことが多いです。これに対し、隈研吾氏は木材などの自然素材を多用し、周囲の環境に溶け込む「負ける建築」を目指しています。安藤氏が素材のミニマリズムと幾何学的な構成で空間を構築するのに対し、隈氏は多様な素材の組み合わせと、細やかなディテールによって、より柔らかく、人間的なスケール感のある空間を創出します。
両者ともに自然光の取り入れ方を重視しますが、安藤氏が光をドラマチックに演出するのに対し、隈氏は光を拡散させ、空間全体に穏やかな雰囲気をもたらす傾向があります。
坂茂との共通点と相違点:素材への探求
坂茂氏もまた、木材や紙管といった自然素材や再生可能な素材を積極的に活用する建築家です。彼は、災害支援建築など、社会貢献性の高いプロジェクトにも力を入れています。坂氏と隈氏には、素材への深い探求心という共通点があります。しかし、坂氏が紙管などの新しい素材の可能性を追求し、構造体としての強度や機能性を重視する傾向があるのに対し、隈氏は伝統的な木組みの技術を現代的に再解釈したり、素材の持つテクスチャーや光の透過性といった感覚的な側面に重きを置くことが多いです。
坂氏の建築が構造の明快さや合理性を追求する一方で、隈氏の建築は、素材の集合体としての複雑な表情や、周囲の風景との連続性をより重視すると言えるでしょう。
よくある質問

隈研吾氏の建築について、多くの方が抱く疑問にお答えします。
隈研吾の建築はどこで見られますか?
隈研吾氏の建築は、日本国内だけでなく世界中に数多く存在します。日本では、新国立競技場(東京)、根津美術館(東京)、サントリー美術館(東京)、浅草文化観光センター(東京)、角川武蔵野ミュージアム(埼玉)、スターバックスコーヒー太宰府天満宮表参道店(福岡)、高知県梼原町の複数の建築群など、多岐にわたります。
海外では、スコットランドのV&Aダンディーなどが有名です。 彼の建築都市設計事務所のウェブサイトや、建築情報サイトなどで一覧を確認できます。
隈研吾の建築で特に有名なものは何ですか?
隈研吾氏の建築で特に有名なものとしては、2020年東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場となった新国立競技場が挙げられます。 その他にも、根津美術館、サントリー美術館、V&Aダンディー、スターバックスコーヒー太宰府天満宮表参道店、浅草文化観光センターなどが広く知られています。
隈研吾の建築の特徴は何ですか?
隈研吾氏の建築の主な特徴は、木材や石、竹、和紙などの自然素材を多用すること、周囲の環境と調和する「負ける建築」の思想、そして日本の伝統的な建築技術や美意識を現代的に再解釈する独自のデザインです。 彼は、建築が単体で主張するのではなく、風景の一部として溶け込み、訪れる人々に心地よさや安らぎを与える空間づくりを目指しています。
隈研吾はなぜ人気があるのですか?
隈研吾氏が人気を集める理由は、彼の建築が持つ独特の魅力と、現代社会が求める価値観に合致しているためと考えられます。自然素材を活かした温かみのあるデザインは、ITやAIが席巻する現代において、人々が求める「木の街に帰りたい」という感覚に応えるものです。 また、環境との調和や持続可能性といったテーマは、現代の建築において非常に重要視されており、彼の「負ける建築」の思想はこれに深く共鳴します。
さらに、彼の作品は視覚的な美しさだけでなく、空間体験としての豊かさも提供するため、多くの人々を惹きつけています。
隈研吾の建築はなぜ木材が多いのですか?
隈研吾氏の建築に木材が多いのは、彼が木材を単なる建築材料としてではなく、その持つ「温かみ」や「自然美」を最大限に活かす素材として捉えているためです。 彼は、1990年代半ば以降、「和」をイメージしたデザインを旨とし、「木の匠」とも称されるようになりました。 木材は、周囲の環境に溶け込みやすい性質を持ち、また日本の伝統的な建築文化とも深く結びついています。
隈氏は、木材の柔らかな風合いや質感を活かし、建物全体がまるで森の一部であるかのような印象を与えるデザインを施すことで、都市部にありながらも自然との調和を感じさせる空間を創出しています。
まとめ
- 隈研吾氏の建築は自然素材を多用し、周囲と調和する「負ける建築」が特徴。
- 日本の伝統美を現代に昇華させる独自のデザインが世界で評価されている。
- 新国立競技場は木材をふんだんに使った「杜のスタジアム」として有名。
- サントリー美術館は「都市の居間」をコンセプトにした和モダン空間。
- V&Aダンディーはスコットランドの崖を表現した挑戦的な作品。
- 彼のデザイン哲学「反オブジェクト」は、建築を「モノ」として捉えず空間と体験を重視。
- 木材の劣化問題や維持管理の課題が一部で批判されている。
- デザインの均質性や事業手法への指摘も存在する。
- 安藤忠雄氏とは素材や空間へのアプローチで対照的。
- 坂茂氏とは素材への探求心で共通点があるが、表現方法は異なる。
- 彼の建築は日本各地や海外で見学可能。
- 自然との共生や持続可能性が現代に求められる価値と合致している。
- 木材の温かみや自然美を最大限に活かすデザインが人気。
- 「やばい」という評価には、称賛と課題の両方の意味合いが含まれる。
- 隈研吾氏の建築は、今後の建築のあり方について深く考えるきっかけとなる。
