「やまとうたは人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」。この美しい一文から始まる『古今和歌集』仮名序は、日本の文学史において特別な輝きを放つ文章です。平安時代初期に紀貫之によって記されたこの序文は、単なる歌集の序文にとどまらず、和歌の本質や価値、そしてその歴史を深く考察した、日本初の本格的な歌論として知られています。
本記事では、この仮名序の全文を原文と現代語訳でご紹介し、その背景にある紀貫之の和歌に対する深い思いや、後世に与えた計り知れない影響を丁寧に解説します。
古今和歌集仮名序全文:原文と現代語訳

ここでは、『古今和歌集』仮名序の全文を、読みやすいように原文と現代語訳に分けてご紹介します。千年以上前の言葉が、今を生きる私たちに何を語りかけるのか、ぜひ感じ取ってみてください。
古今和歌集仮名序の原文
やまとうたは、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり。花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。
この歌、天地開闢の時より、出で来にけり。神代には、素盞嗚尊の「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を」と詠めるよりぞ、和歌の初めとはなりける。人代になりては、難波津の歌よりぞ、和歌の道はひろまりにける。それよりこのかた、歌の様も、人の心も、移り変りて、花に散る雪、鳥の鳴く声、水に映る月、山に響く鹿の声、すべて見るもの聞くもの、心に触るるもの、皆歌になりぬ。
長歌、短歌、旋頭歌、混本歌など、様々なる歌の形も、源流漸く繁し。
和歌に六義あり。一に曰く風、二に曰く賦、三に曰く比、四に曰く興、五に曰く雅、六に曰く頌。この六義は、歌の本質を深く理解するための大切な分類です。
さて、歌の聖と仰がれるは、柿本人麻呂と山部赤人なり。この二人は、歌の神とでもいうべき存在で、その歌は天地自然の理を詠み、人々の心を深く揺さぶりました。その後の歌人たちも、それぞれの時代に優れた歌を残しましたが、特に六歌仙と称される僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大友黒主の六人は、その歌風において際立った個性を示しました。
しかし、彼らの歌にもそれぞれに長所と短所があり、完璧な歌人はいなかったと評されています。
この『古今和歌集』は、醍醐天皇の勅命により、紀友則、紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑の四人が撰者となり、万葉集以後の歌を集め、優れた歌を選び抜いて編纂されました。古き歌から新しき歌まで、四季の移ろいや人々の心の機微を詠んだ歌々を、二十巻にわたって収めています。この歌集が、和歌の道をさらに広め、後世に伝えゆくことを願って、ここに序文を記すものです。
古今和歌集仮名序の現代語訳
日本の歌(和歌)は、人の心を種として、そこからたくさんの言葉という葉が生い茂ったものです。世の中に生きる人々は、さまざまな出来事が多いので、心に思うことを、見たり聞いたりするものに託して表現するのです。花の中で鳴くウグイス、水に住むカエルの声を聞けば、生きているもの全てが、どうして歌を詠まないことがありましょうか。
力を込めることなく天地を動かし、目に見えない鬼神をも感動させ、男女の仲を和らげ、荒々しい武士の心をも慰めることができるのは、歌なのです。
この歌というものは、天地が初めてできた時から存在していました。神代には、素盞嗚尊(すさのおのみこと)が「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を」と詠んだ歌が、和歌の始まりとされています。人の世になってからは、「難波津の歌」によって和歌の道は広く知られるようになりました。それ以来、歌のあり方も、人々の心も移り変わり、花に散る雪、鳥の鳴く声、水に映る月、山に響く鹿の声など、全て見るもの聞くもの、心に触れるものが、皆歌となりました。
長歌、短歌、旋頭歌、混本歌など、さまざまな形式の歌も、その源流は次第に増えていきました。
和歌には六つの表現方法があります。一つ目は風(ふう)、二つ目は賦(ふ)、三つ目は比(ひ)、四つ目は興(きょう)、五つ目は雅(が)、六つ目は頌(しょう)です。これらの六義は、歌の深い意味を理解するための大切な分類と言えるでしょう。
さて、歌の聖人として尊敬されるのは、柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)と山部赤人(やまべのあかひと)です。この二人は、歌の神様とも呼べる存在で、その歌は自然の摂理を詠み、人々の心に深く響きました。その後の歌人たちも、それぞれの時代に優れた歌を残しましたが、特に六歌仙と呼ばれる僧正遍昭(そうじょうへんじょう)、在原業平(ありわらのなりひら)、文屋康秀(ふんやのやすひで)、喜撰法師(きせんほうし)、小野小町(おののこまち)、大友黒主(おおとものくろぬし)の六人は、その歌の趣において際立った個性を示しました。
しかし、彼らの歌にもそれぞれに良い点と足りない点があり、完璧な歌人はいなかったと評されています。
この『古今和歌集』は、醍醐天皇のご命令により、紀友則(きのとものり)、紀貫之(きのつらゆき)、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)、壬生忠岑(みぶのただみね)の四人が撰者となり、万葉集以後の歌を集め、特に優れた歌を選び出して編纂されました。古い歌から新しい歌まで、四季の移ろいや人々の心の動きを詠んだ歌々を、二十巻にわたって収めています。
この歌集が、和歌の道をさらに広げ、後世に伝えていくことを願って、ここに序文を記すものです。
古今和歌集仮名序とは?その概要と歴史的背景

『古今和歌集』仮名序は、日本の文学史において非常に重要な位置を占める文章です。その概要と、成立した時代の背景を詳しく見ていきましょう。
日本初の勅撰和歌集「古今和歌集」の誕生
『古今和歌集』は、平安時代前期の延喜5年(905年)頃に、醍醐天皇の命によって編纂された、日本で最初の勅撰和歌集です。勅撰とは、天皇の命令によって編纂されたことを意味し、これにより和歌は国家的な事業としてその価値を認められました。 紀貫之、紀友則、凡河内躬恒、壬生忠岑の四人が撰者となり、約200年間に詠まれた1100首以上の和歌が、春夏秋冬、恋、雑など20巻に分類されて収められています。
『万葉集』が雄大で素朴な歌風であったのに対し、『古今和歌集』は優美で繊細、そして理知的な歌風が特徴とされています。 この歌集の完成は、その後の日本文学、特に和歌の発展に大きな影響を与え、平安貴族の感性や美意識を今に伝える貴重な資料となっています。
紀貫之が仮名序を記した理由
仮名序の作者である紀貫之は、平安時代を代表する歌人であり文学者です。彼は『古今和歌集』の編纂の中心人物として、和歌の選定だけでなく、この仮名序の執筆という重要な役割を担いました。 当時、公式な文書や学問の世界では漢文が主流であり、和歌は私的なもの、あるいは女性が用いる「女文字」である仮名で書かれるものという認識がありました。
しかし、貫之は仮名序を通じて、和歌が単なる遊びではなく、人の心を動かし、天地をも感応させる力を持つ、普遍的な文学であることを力強く主張したのです。 これは、和歌の価値を公的に認めさせ、日本独自の文化としての和歌の地位を高めようとする、貫之の強い意志の表れと言えるでしょう。
また、彼が男性でありながら仮名で書かれた『土佐日記』を著したことからも、仮名文学の可能性を追求し、その普及に貢献しようとした姿勢がうかがえます。
平安時代の国風文化と仮名の発展
『古今和歌集』が編纂された平安時代は、794年の平安京遷都から約400年間続いた時代です。 この時代は、遣唐使の廃止などを経て、中国文化の影響から脱却し、日本独自の文化が花開いた「国風文化」の時代として知られています。 その中で、漢字を簡略化して作られた「仮名」(ひらがな・カタカナ)が広く使われるようになりました。
当初は女性が主に用いる文字とされていましたが、仮名の普及により、漢文では表現しきれなかった日本人の繊細な感情や心情を、より自由に表現できるようになります。 紀貫之が仮名序を執筆し、男性である彼が女性を装って『土佐日記』を仮名で書いたことは、この仮名という文字が、日本文学を豊かにする新たな表現手段として確立されたことを象徴する出来事でした。
仮名序は、まさにこの国風文化の隆盛期に、和歌と仮名という日本独自の表現形式の価値を宣言した画期的な作品と言えるでしょう。
仮名序に込められた紀貫之の和歌観と文学理論

紀貫之が仮名序に込めた和歌への深い洞察と、その文学理論は、後世の日本文学に多大な影響を与えました。彼の和歌観を具体的に見ていきましょう。
「やまとうたは人の心を種として」:和歌の起源と本質
仮名序の冒頭を飾る「やまとうたは人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」という一文は、和歌の本質を端的に表しています。 貫之は、和歌が人の心から自然に湧き出る感情を源とし、それが言葉となって表現されるものだと説きました。つまり、和歌は人間の内面から生まれる普遍的な感情の表現であり、天地自然の営みや人々の喜怒哀楽に触れて生まれるものであるという考え方です。
花に鳴くウグイスや水に住むカエルの声さえも歌になると述べるように、あらゆる生命が歌を詠むという認識は、和歌が人間だけでなく、森羅万象に宿る感情を映し出すものであるという、壮大な和歌観を示しています。この思想は、和歌が単なる言葉遊びではなく、人間の根源的な感情と深く結びついた芸術であることを明確に位置づけました。
和歌の六義とは?歌の分類と表現の深み
仮名序では、和歌の表現方法を「六義(りくぎ)」として分類しています。これは、中国の詩論である「詩経」の六義を和歌に当てはめたもので、和歌の多様な表現の深みを示しています。 具体的には、風(ふう)、賦(ふ)、比(ひ)、興(きょう)、雅(が)、頌(しょう)の六つです。風は民謡のような自然な歌、賦は物事を直接的に述べる歌、比は他のものに例えて表現する歌、興は情景から感情を引き出す歌、雅は正しく美しい歌、頌は称え祝う歌を指します。
この六義の提示は、和歌が単なる感情の吐露だけでなく、洗練された修辞と構成を持つ文学形式であることを理論的に裏付けるものでした。 貫之は、これらの分類を通じて、和歌が持つ表現の幅広さと奥深さを体系的に示し、後世の歌人たちが和歌を創作する上での重要な指針を与えたと言えるでしょう。
六歌仙の評価に見る理想の歌人像
仮名序では、柿本人麻呂と山部赤人を「歌の聖」と称賛し、その後に続く六歌仙(僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大友黒主)の歌を個別に評価しています。 貫之は、六歌仙の歌について、それぞれに優れた点と足りない点を具体的に指摘しました。例えば、小野小町の歌は「艶にして気力なし」、在原業平の歌は「情はあまりて、詞足らず」と評しています。
この評価は、単なる批評にとどまらず、貫之が考える理想の歌人像、すなわち「情」と「詞」のバランスがとれ、内面的な感情と外面的な表現が調和した歌を詠むことの重要性を示唆しています。 彼の批評は、和歌の創作において、感情の豊かさだけでなく、それを的確に表現する言葉の技巧も不可欠であるという、当時の和歌に対する高い意識を反映しているのです。
この歌人評は、後世の歌人たちにとって、自身の歌を磨く上での大きな手本となりました。
真名序との比較:二つの序文が持つ役割

『古今和歌集』には、仮名序の他に「真名序」というもう一つの序文が存在します。これら二つの序文は、それぞれ異なる役割を持ちながらも、和歌集の価値を伝える上で不可欠な存在でした。
漢文で記された真名序の存在
真名序は、仮名序と同じく『古今和歌集』に添えられた序文ですが、紀淑望(きのよしもち)によって漢文で記されています。 当時の知識人層、特に男性貴族の間では、漢文が正式な文章とされており、学問や政治の重要な記録には全て漢文が用いられていました。 真名序は、このような漢文を重んじる文化の中で、和歌集の権威を確立し、漢詩文に匹敵する文学としての和歌の地位を示す役割を担っていました。
真名序の内容は、和歌の起源や効用、六義の解説、六歌仙の評価など、仮名序と多くの点で共通していますが、漢文の格式高い表現を用いることで、和歌集が単なる娯楽ではなく、国家的な文化事業として編纂されたことを内外に示そうとしたのです。
仮名序と真名序、それぞれの視点と共通点
仮名序と真名序は、同じ和歌集の序文でありながら、それぞれ異なる視点から和歌の価値を説いています。仮名序が、日本独自の仮名を用いて和歌の「心」や「言の葉」といった内面的な本質を語り、和歌の自立性を強調したのに対し、真名序は、漢文という当時の国際的な教養言語を用いることで、和歌が漢詩文にも劣らない普遍的な文学であることを示そうとしました。
しかし、両序文には和歌の起源、六義の分類、六歌仙の評価など、内容の多くの重複が見られます。 これは、和歌集の編纂者たちが、和歌の価値を多角的に、そして当時の社会のあらゆる層に理解してもらうために、意図的に二つの異なる形式の序文を用意したことを示唆しています。仮名序が「やまと歌」の精神を、真名序が「漢詩文」と並び立つ和歌の権威をそれぞれ表現することで、『古今和歌集』はより強固な基盤の上に位置づけられたと言えるでしょう。
古今和歌集仮名序が後世に与えた影響

『古今和歌集』仮名序は、その後の日本文学、特に和歌の世界に計り知れない影響を与えました。その重要性と、和歌の地位向上への貢献を見ていきましょう。
日本文学史における仮名序の重要性
仮名序は、日本文学史上において、初の本格的な歌論書としてその名を刻んでいます。 それまで和歌に関する理論的な記述は散見される程度でしたが、仮名序は和歌の起源、本質、分類、歴史、そして歌人評に至るまで、体系的に和歌について論じた最初の文章でした。 この序文によって、和歌は単なる感情の表現や娯楽の手段ではなく、明確な理論と美意識に基づいた芸術形式として確立されました。
また、仮名で書かれたことで、漢文の素養がない人々にも和歌の精神が広く伝えられることになり、後の仮名文学、特に女流文学の発展にも大きな影響を与えました。 『源氏物語』や『枕草子』といった平安文学の傑作が生まれる土壌を育んだという意味でも、仮名序の存在は極めて重要です。
歌論の確立と和歌の地位向上
紀貫之が仮名序で示した和歌観と文学理論は、その後の歌人たちにとって、和歌を創作し、評価する上での確固たる基準となりました。六義の分類や六歌仙の評価は、和歌の技巧や表現を深めるための具体的な指針となり、歌人たちの創作意欲を刺激し、和歌の質を高めることに貢献しました。 また、勅撰和歌集の序文として、和歌が天皇の命によって編纂されるべき公的な文学であると位置づけられたことは、和歌の社会的地位を大きく向上させました。
これにより、和歌は貴族社会における教養として不可欠なものとなり、歌合(うたあわせ)などの文化活動が盛んに行われるようになります。仮名序は、和歌が日本独自の文化として確固たる地位を築き、その後の約500年間にわたって21もの勅撰和歌集が編纂される「二十一代集」の時代を切り開く、まさに礎となった作品と言えるでしょう。
よくある質問

『古今和歌集』仮名序について、多くの方が抱く疑問にお答えします。
- 古今和歌集仮名序の作者は誰ですか?
- 古今和歌集仮名序はなぜ重要視されるのですか?
- 古今和歌集仮名序の「六義」とは何ですか?
- 古今和歌集仮名序の冒頭の言葉は何ですか?
- 古今和歌集仮名序と真名序の違いは何ですか?
- 古今和歌集が編纂されたのはいつですか?
古今和歌集仮名序の作者は誰ですか?
『古今和歌集』仮名序の作者は、平安時代前期の歌人である紀貫之(きのつらゆき)です。 彼は『古今和歌集』の主要な撰者の一人であり、仮名序を通じて自身の和歌観を世に示しました。
古今和歌集仮名序はなぜ重要視されるのですか?
仮名序は、日本文学史上初の本格的な歌論として、和歌の本質や価値、歴史を体系的に論じた点で重要視されます。 また、仮名で書かれたことで、日本独自の文化としての和歌の地位を確立し、後世の文学に大きな影響を与えました。
古今和歌集仮名序の「六義」とは何ですか?
仮名序の「六義(りくぎ)」とは、和歌の表現方法を分類した六つの原則です。具体的には、風(ふう)、賦(ふ)、比(ひ)、興(きょう)、雅(が)、頌(しょう)を指します。 これらは、和歌の多様な表現を理解するための分類として用いられました。
古今和歌集仮名序の冒頭の言葉は何ですか?
古今和歌集仮名序の冒頭の言葉は、「やまとうたは人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」です。 この一文は、和歌が人の心から生まれるものであるという、和歌の本質を表現しています。
古今和歌集仮名序と真名序の違いは何ですか?
仮名序と真名序は、どちらも『古今和歌集』の序文ですが、仮名序は紀貫之が仮名で記し、和歌の内面的な本質を語るのに対し、真名序は紀淑望が漢文で記し、和歌の権威を漢詩文と並び立つものとして示しました。
古今和歌集が編纂されたのはいつですか?
『古今和歌集』は、平安時代前期の延喜5年(905年)頃に醍醐天皇の勅命によって編纂が始まり、延喜13年(913年)から14年(914年)頃に完成したとされています。
まとめ
- 『古今和歌集』仮名序は、紀貫之が記した和歌集の序文です。
- 「やまとうたは人の心を種として」で始まる有名な文章です。
- 和歌の本質や起源、歴史について深く考察しています。
- 日本初の本格的な歌論として、文学史に名を刻みました。
- 和歌の表現を「六義」として分類し、その深みを示しました。
- 六歌仙の歌を批評し、理想の歌人像を提示しています。
- 漢文で書かれた真名序とは異なる役割を持ちました。
- 仮名序は、和歌の地位向上に大きく貢献しました。
- 平安時代の国風文化の中で、仮名文学の発展を促しました。
- 後世の日本文学、特に女流文学に多大な影響を与えました。
- 和歌が単なる娯楽ではなく、芸術であることを確立しました。
- 勅撰和歌集の編纂という国家事業の意義を明確にしました。
- 千年以上経った今も、その思想は色褪せません。
- 和歌の心を理解するための大切な手がかりとなります。
- 日本の美意識や感性の源流を知る上で不可欠な作品です。
